イタリアン・テルメから学ぶ予防医学・統合医療【2】

日本で“温泉”というとリラクゼーション方法の代名詞といえるようなものであり、温泉に行ったことがない日本人などいないように思えるほど身近で居心地の良い存在ですね。日本の泉源総数、温泉地は数多く、南北に長い日本の隅々まで温泉に恵まれ、温泉は最も国民的な保養手段の一つであるともいえます。

しかしその一方で、大きな課題もあります。温泉をリラクゼーションの手段として利用することは大変良いのですが、実際には温泉地での飲食や休養が医学的に勧められるべき状況ではないことが少なくないのです。

以前私は、中伊豆温泉病院(日本温泉気候物理医学会認定教育研修施設)で内科医長として勤務していたことがありますが、当直時などには近隣温泉地で入浴に関連し体調を崩す患者さんが来院することが度々ありました。つまり、日本の温泉の基盤には“安全”が必要なのではないでしょうか。

日本で比較的多い高温浴の温泉にアルコールの多飲や寝不足などが重なると、生体への負荷は危険領域に至ります。実際、東京都の調査でも入浴に関連した死亡数は少なくないということが分かっています。読者の皆さんの中にも、「疲れを癒やすために温泉に行ったのに、疲れが増した」という経験をしたことのある人は多いのではないでしょうか?

このようなことから、日本における温泉利用をより安全で楽しく、また有益に利用するためにも欧州における健康増進や予防の「医療」としてのノウハウを学ぶ必要があるのではないかと考えていました。

今回は、単に温泉だけを扱うのではなく、食事や伝統医学などの相補・代替医療といわれる領域と西洋医学を融合した「統合医療」というシステムを念頭に話を進めていきましょう。

日本の温泉療法のあるべき姿とは


日本は温泉のみならず素晴らしい食文化が存在し、森林や起伏のある土地にも恵まれ、地理上においても寒暖の変化に富み、健康増進や予防医療を行うには願ってもない環境が揃っています。統合医療という視点で温泉療法を考えると、転地療法や気候療法にも配慮し、その温泉の泉質のみならず気候・自然環境、時期、期間などまでも考慮しプログラムを作成するべきです。ただし、型にはまったパッケージのような押し付けのプログラムではなく、個人の自由な時間と空間、幅広い選択肢を有するものであることはいうまでもありません。

すなわち、少数派である湯治や温泉病院での治療的温浴などではなく、あくまでも温泉や気候などの自然の恵みを最大限に活用した、健康増進や予防医学分野の統合医療で、かつ安全なシステムとして広く普及していく必要があると考えます。

予防医学分野における温泉への期待 ~健康保養地~


予防医学というと予防接種や健康診断、人間ドックなど病気にならないための行為であると思われがちですが、予防医学には3つの段階があり、病気になってからも予防医学は存在し重要なのです。

<予防医学における3つの段階>

  • 1次予防
    健康増進と疾病予防という、一番身近な予防医学。実際には健康教育、栄養相談、労働環境相談、遺伝相談、予防接種、環境衛生、公害防止などが含まれます。
  • 2次予防
    早期発見、早期治療が目的で、集団検診や疾病別検査などがこの時期に相当します。
  • 3次予防
    機能障害防止、リハビリが主体で、合併症予防や悪化防止、後遺症予防に加えて作業療法、公衆教育などが含まれます。

今回解説するのは、1次予防から2次予防の段階にある人を対象した医療です。

<温泉保養地の考え方>

温泉療法は地下の天然産物である温泉水、天然ガスや泥状物質などの他、温泉地の気候要素なども含めて医療や休養に利用することです。欧州における温泉療法には従来の治療型である狭義の温泉療法と、健康増進や予防医療を中心とした広義の温泉ウェルネスが含まれています。後者では運動療法や食事療法、マッサージなどの徒手療法、心理療法、森林療法なども取り入れた複合的な医療が一般的です。

よって、この温泉ウェルネス型の温泉療法を行う場所が温泉保養地といえる施設であり、ここでは気候条件も重要な要素となります。欧州では一般に、標高を基準にして保養地を「気候保養地」として分類しています。欧州と日本とでは緯度も体感温度も異なるため、この標高差が直接的には適応とはならないと考えますが、参考までに紹介しておきましょう。

  • 海洋性気候
    気温の差が少なく、湿度が高い環境。海水浴のみならず海底の砂や泥も用います。海風に含まれるカルシウムやマグネシウム、ヨードなどの海塩粒子も利用し、新陳代謝亢進や自律神経を安定化させやすくする場所。単純に、美容目的で海藻パックなどを行う施設ではありません。ドイツでは、小児のアトピー性皮膚炎やぜんそくなども適応疾患となっています。
  • 低地・平地気候
    海抜300m程度までの標高で、比較的高温で気圧が大きい環境。生体にとっては副交感神経を優位にするために、日頃ストレスが多く、休養や疲労回復に対して特に有効とされています。
  • 中山気候
    海抜300~1000mに位置し、丘陵地帯、森林が多い地域。特別な禁忌などはなく、幅広い気候療法の適応がある環境です。
  • 高山気候
    海抜1000以上に属する地域で、低酸素、低気圧、低温などに加えて紫外線も多く、風速も増大するなど刺激性気候です。一般に回復期の疾患が適応とされています。

この記事の監修者
朝霧高原診療所 院長 昭和大学医学部客員教授 山本 竜隆(やまもと たつたか)

聖マリアンナ医科大学、昭和大学医学部大学院卒業。医師・医学博士。地域医療とヘルスツーリズムの両輪で、地域活性や自然欠乏症候群の提唱などの活動をしている。富士箱根伊豆国立公園に位置する滞在施設「日月倶楽部」では、ヨガや瞑想などのマインドフルネス、企業の健康管理者への指導など雄大な自然環境に身を置いて行う各種滞在プログラムを提供している。
[朝霧高原診療所] https://www.asagiri-kogen-clinic.com/
[日月倶楽部] https://hitsuki-club.com/


ライター 濱岡 操緒(はまおか みさお)

大学卒業後、大手ゲーム会社に就職。広報宣伝部にて主に社内報や広報誌などの編集主幹を務める。退職後は母親向けの媒体、ウエディング関連の媒体などを手掛ける編集プロダクションに所属。現在はフリーランスとして書籍・雑誌・WEBメディアなどの編集・執筆、撮影ディレクションなど幅広く活動中。プライベートでは1児の母。最近の健康習慣は、ミトコンドリア活性化。

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