日本における統合医療の歩み(Ⅲ)

日本の統合医療の歩みについての解説、真の統合医療構築を目指し設立された「統合医療ビレッジ」について紹介しましたが、最後に日本の統合医療における今後の課題についてお話ししましょう。

今後の課題① 医療哲学の構築


望ましい統合医療構築のため、最も重要な課題として挙げられるのが新たな「医療哲学」の構築です。

本来、医療のバックボーンとして「人間・社会・国家・大学などにおいて医学はどのような位置付けで役割を果たすのか」が問われるべきであり、17世紀末までは医学者の多くが同時に哲学の研究者でもありました。しかしながら19世紀初頭以来、物理学や化学の発展に伴って医学領域においても科学性のみが重要視されるようになったのです。もちろん、科学性は医学の重要な要素ですが、相手が生身の人間である以上、実践的な人間学の要素も不可欠であることは論を待たないはずです。

とりわけ統合医療においてはさまざまな代替医療やセラピストが携わるため、従来のEBM(根拠に基づく医療)だけでは良い治療ができません。また、統合医療においては“臨床的に異常と診断された状態を正常な範囲に引き戻す”ことだけが目的ではなく、あくまで“患者や健康生活者のQOLを向上させること”を目的に据えて、ホリスティックなアプローチを試みる必要があります。

統合医療の根幹には、患者という一個人に対して多角的な視点で対応するための基本的立場や認識(哲学や価値観)が必要不可欠なのです。個々人がどのような哲学を持ち、どのような思いと役割意識を持って臨床現場で行動を起こしていくか―日本の統合医療の未来は、それにかかっているといっても決して過言ではないでしょう。

今後の課題② 医療消費者に求められる意識改革


第二の課題として挙げられるのが、患者や健康生活者など医療消費者サイドの意識改革。最も基本となる点は、“お任せ医療”から“セルフケア”への転換です。

国民健康保険事業が義務付けられたのは、1961年。それによって誰もが安心して医療サービスを受けられるようになったというのは喜ばしい事実です。しかし一方で、患者が自分の病気に対して当事者意識が希薄になり「お医者さんに任せておけばいい」という風潮が一般的になったのは、国民皆保険による弊害だとも感じるのです。

健康を維持・回復するには当人の意思や取り組み姿勢が何より重要であり、QOLの向上や医療費の高騰を抑制する観点からも、患者自身が自主性を持つ必要性が今後ますます高まってくることは疑いのないことです。特に、統合医療の実践においては患者・健康生活者の意識が主体となるため、個人的にも社会的にもどのような医療・医学が望ましいかについて各人が主体的に選別・判断し、積極的に取り組んでいく姿勢が強く望まれます。何より、自らの治癒系を十分に活性化させることが、統合医療の治療ポイントでもあるからです。 自分の体のオーナーは自分であるという考え方、すなわち自分自身の健康観や意思が問われる時代なのです。

今後の課題③ 医師と代替療法家との関係性


医療従事者と医療消費者の意識改革に加え、重要な課題の一つが、医師を中心とした医療従事者と代替医療かとの望ましい連携です。両者に求められているのは、「狭すぎず広すぎない規模のチーム医療の実践」です。

統合医療においては適正規模でのチーム医療が土台であり、医療従事者と代替療法家(セラピスト)の良好な関係性が極めて重要になります。

統合医療の現場では、医師を中心としたチーム編成で治療プログラムが実行されます。医師には権限だけではなく重い責任が課せられているため、あらゆることに精通していなくてはなりません。しかし、一人の人間である以上、全てを完璧にマスターするのは至難の業。したがって、常に自戒する姿勢を失わないようにすることが大切で、同時にバランス感覚と誠実さが求められます。 一方、代替療法家の認識も大切です。一般的なセラピーと医療現場で行う治療やケアは対象者の軸も要求水準も異なり、医療機関を訪れる人は基本的には治療が目的。そこで行われる診療行為は患者の要求水準に応える“治療”です。また、決して患者に対して「自分の知識や技術の押しつけをしてはならない」というのも鉄則。チーム医療に携わる代替療法家には、それなりの倫理観とルール、マナーも求められます。

今後の課題④ 統合医療教育と医療制度の問題


現状、日本においては統合医療を学ぶための十分な教育システムも指導者も十分ではありません。しかし、教育改革によって、少しずつではありますが日本の医療教育に新たな光が差し始めています。私が受講したアリゾナ大学における医師を対象とした統合医療プログラムも現在、日本でも学ぶことができます。

医療従事者と医療消費者が共同して医療制度を見直し、国民のコンセンサスを得ながらセルフメディケーションの時代に見合った制度に改変するためには、大規模な器よりも家族的な規模の医療機関がより実践的であることを踏まえ、個々人の使命感や理念を重視することが望まれます。 そして、統合医療をより確かなものにしていくために欠かせないのは国民一人ひとりの意識改革。これこそが、医療におけるパラダイムシフト(価値の転換)をより確実なものにする重要な“鍵”になると思っています。

この記事の監修者
朝霧高原診療所 院長 昭和大学医学部客員教授 山本 竜隆(やまもと たつたか)

聖マリアンナ医科大学、昭和大学医学部大学院卒業。医師・医学博士。地域医療とヘルスツーリズムの両輪で、地域活性や自然欠乏症候群の提唱などの活動をしている。富士箱根伊豆国立公園に位置する滞在施設「日月倶楽部」では、ヨガや瞑想などのマインドフルネス、企業の健康管理者への指導など雄大な自然環境に身を置いて行う各種滞在プログラムを提供している。
[朝霧高原診療所] https://www.asagiri-kogen-clinic.com/
[日月倶楽部] https://hitsuki-club.com/


ライター 濱岡 操緒(はまおか みさお)

大学卒業後、大手ゲーム会社に就職。広報宣伝部にて主に社内報や広報誌などの編集主幹を務める。退職後は母親向けの媒体、ウエディング関連の媒体などを手掛ける編集プロダクションに所属。現在はフリーランスとして書籍・雑誌・WEBメディアなどの編集・執筆、撮影ディレクションなど幅広く活動中。プライベートでは1児の母。最近の健康習慣は、ミトコンドリア活性化。

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